
レースで序盤から主導権を握る攻撃的なスタイルで知られるザック・ミラー(Zach Miller)。大学卒業後トレイルランニングに転向し、数々のビッグレースで活躍してきました。現在、コロラドとオレゴンの2拠点で自給自足に近い生活を送り、ランニングを「競技を超えた“生き方そのもの”」と捉えています。テクノロジーよりも身体感覚を信じ、自然と調和する彼の走りは「ハードで誠実」と評され、その独自の哲学と、恐れを超えて走る姿勢は、多くの人々にインスピレーションを与え続けています。
90分を切ったら100ドル出す
ーー 走り始めたきっかけについて教えてください。
ザック・ミラー(以下、ザック) 子どもの頃はチームスポーツが好きで、サッカーをしていました。練習の一環でランニングをするうちに、自分は走ることが得意だと気づいたんです。サッカーの練習ではチームメイトよりも走るのが速くて、それが最初の「自分には向いているかも」という実感でした。10歳くらいのときに学校でレースがあって、長めの距離(800mや1マイル)が得意でした。そこから「走ること」が自分に合っていると感じるようになり、少しずつのめり込んでいきました。
ーー そこから競技としてのランニングに進んでいったんですね。
ザック 最初はサッカーと陸上の両方をやっていました。高校に進むと、先生やチームメイトが「クロスカントリーをやってみないか」と誘ってくれて、高校2年のときにサッカーをやめてクロスカントリーに専念するようになりました。陸上とクロスカントリー、そして時々ロードレースにも出ていました。トレイルを走るようになったのも高校のときで、コーチが練習の一環で山に連れて行ってくれたのがきっかけです。
ーー 大学に入ってからは?
ザック 大学ではトラックとクロスカントリーに集中していました。当時は速く走ることが中心でした。大学卒業後、地元ペンシルベニアでとてもタフな10マイルのトレイルレースに出場したんです。それまで誰も90分を切ったことがなかったのですが、「90分を切ったら100ドル出す」と言われて挑戦。結果は90分を切ってゴールし、賞金をもらいました(笑)。それがトレイルランニングにハマるきっかけになりました。
ーー 大学卒業後はどのように走っていったのですか?
ザック 卒業後、クルーズ船で働くようになりました。船の上ではトレッドミルで短い距離を走るのが退屈で、寄港地に着いたときに外を走るようになったんです。すると自然とロングランが増えていき、気づいたら何時間も走っていました。大学では2時間以上走ることはなかったので、「自分はもっと長く走れる」とわかりました。それがウルトラランニングに興味を持つきっかけになったんです。

オフは意識的に作る
ーー ロードとトレイルではどちらが好きですか?
ザック どちらも好きです。今は山やトレイルで走ることが多いですが、ロードの「リズム」も好きなんです。トレイルでは地形が変化して、常に動きが変わりますが、ロードは一定のテンポで身体と呼吸を合わせて走る感覚がある。それが気持ちいいんです。オレゴンの冬は雪が多いので、トレイルが走りづらくなります。そんなときはロードや自転車道を使って走ります。環境に合わせて自然に切り替える感じですね。
ーー トレイルランニングはオンとオフがあるシーズナルスポーツという捉え方ですか?
ザック 以前は春から秋がメインシーズンで、冬はオフシーズンでした。でも最近はレース数が増えて、南半球にもいくので一年中走るようになりました。「UTMB」や「Western States」のような大会に出るには、予選やポイントが必要なので、シーズンの幅が自然と広がっています。だから、自分で意識的にオフを作らないと休む時間がなくなってしまうんです。
ーー 「ギアは目的そのものではなく、目的を達成するための手段」と語っています。“信頼できるギア”とはどんなものですか?逆に“共感できないギア”は?
ザック 信頼できるギアとは、耐久性があり、求められた機能を確実に果たすものです。反対に共感できないのは、利益だけを目的として作られたもの。実際には提供していない価値を誇張して宣伝しているようなギアですね。
ーー レースやトレーニングで愛用しているシューズを教えてください。
ザック レースでは主に「VECTIV Enduris 4」と「Summit VECTIV Pro 3」を使用しています。長距離レースでは足裏の保護性とクッション性が重要だからです。トレーニングでは新しい「Off Trail」(日本未発売)もよく履いています。「Summit VECTIV Pro 3」は強度が高く非常に良いシューズなのですが、100マイルレースの後半になると、もう少し柔軟性のあるものが欲しくなることがあります。長距離レースでは時として足に炎症(痛み)が出ることがあるからです。実際、2023年のUTMBモンブランで2位になった際は、ラスト20マイルで「Altamesa 300」に履き替えました。本当は一つのシューズで通したかったのですが……。今年の「Hardrock 100」でも同様で、前半は「Summit VECTIV Pro 3」、後半は「VECTIV Enduris 4」に履き替えて対応しました。

人の背中を押せる走りをしたい
ーー レースでは、常に序盤からリードを奪ってきました。「全力で走ることは自分への正直さの証」と語っています。なぜ、そのようなリスクを恐れずに走れるのでしょうか?「全力」と「恐怖」は、自分の中でどのように共存していますか?
ザック 恐怖心が全くないわけではありません。でも、恐怖と全力が共存することで、スリルや“未知に挑む感覚”が生まれるんです。それが楽しく、モチベーションにもなります。限界がわからないからこそ、そこに魅力があるんです。
ーー 「苦しみは真実に近づく時間」と語っていますね。肉体的にも精神的にも限界に達した時、何に意識を集中しますか?また、DNFを経験して、その考え方は変化しましたか?
ザック 限界を感じるときは、まず体が何を求めているかを探ります。食べ物なのか、水なのか、体温なのか。問題を一つずつ解決することに集中します。でも、精神的に苦しいときは「自分が本当に何を望んでいるか」を考える。たとえば勝利を心に描いて、それを頑固なまでに手放さないようにします。成功する日もあれば、そうでない日もあります。DNFのときは怪我を気にしていたので、大きな考え方の変化はありませんでしたが、どんな結果であっても“誠実に挑む”ことの意味を再確認しました。
ーー 「勝つことよりも、人々にインスピレーションを与える走りをしたい」と語ったことについて、詳しく説明してください。
ザック 人々が“自分には無理だ”と思うことに挑戦しようとするとき、僕の走りが少しでもその背中を押せるような存在でありたい。誰かが僕を見て「自分も挑戦してみよう」と思ってくれたら、それが最高の成果です。次の挑戦としては、アパラチアントレイルでのFKT(最速記録)に挑んでみたいと思っています。

走ることは静けさにつながる
ーー 「速さより深さ」とおっしゃりますが「深く走る」とはどんなことですか?
ザック うまく言葉にするのは難しいですが、「深く走る」というのは“自然とつながる時間”のようなものです。速く走ることや、競うことも嫌いではありません。自分の限界を探ることも楽しいです。でも「深く走る」というのは、それとは少し違っていて──心や体を自然のリズムに委ねるような感覚です。走っているとき、頭の中が静かになって、体が勝手に動くような瞬間があります。まるで自然とダンスしているような、そんな感覚です。山の中で、風や木々の音、地面の感触を感じながら動くと、自分が自然の一部になったように思えるんです。僕は基本的に音楽を聴きながら走ることはありません。日常はすでに十分うるさいですから。走る時間は“何も聞かない時間”であり、“何かに支配されない時間”。ただ自分の中にある声を感じる時間なんです。
ーー 「深く走る」感覚を得るために、何か特別な方法や意識していることはありますか?
ザック そうですね……。特別なテクニックがあるというよりは、“余計なものを減らすこと”だと思います。たとえば僕は、走るときに音楽もポッドキャストも聞きません。そういうものをすべて外して、ただ静けさの中に身を置く。それが一番大事だと思っています。現代は常に情報にさらされています。空港でも、電車でも、みんなスマホを見ていて、自分の頭で考える時間が減っている。僕自身もそう感じることがあります。だから意識的に“何もしない時間”をつくるようにしているんです。あるとき、空港でスマホを見ずにただ5分座ってみようと思ったことがありました。実際には気づいたら45分経っていて(笑)、その間、いろんなことを考えたんです。スマホを見ているときには思いつかないようなこと。自分の中にある思考が自然と流れ出してくるような感じでした。そういう時間を持つことが、僕にとって“深く走る”ための練習にもなっているんだと思います。
ーー つまり、「走る」ことだけでなく、「静かに考える時間」もその延長にあるということですね。
ザック そうです。走ることと静けさはつながっていると思います。音を消して、自然や自分の呼吸だけに意識を向ける。そうすると、考えが整理されたり、心が穏やかになったりする。だから僕にとって“深さ”とは、スピードや距離じゃなくて、どれだけ自分の心に正直になれるかなんです。

ーー 走っているとき、身体の声をどう感じ取っていますか? たとえば調子の良し悪しや、走る強度を判断する目安など。
ザック そうですね。レースでも練習でも、身体からのフィードバックは常にあります。呼吸の速さ、脚の張り、心拍の高まり──そうした感覚を感じ取ることで、自分の状態を判断しています。たとえば、インターバルトレーニングでは「数分間しか維持できない強度」と「1時間は持続できる強度」は明確に違います。体が教えてくれるんです。数字ではなく、感覚でわかるようになる。それには時間がかかりますが、経験を重ねることで少しずつ理解できるようになります。
ーー なるほど、まさに“体の声を聞く”ということですね。
ザック そうですね。睡眠の質や日中の疲れ方、エネルギーの残り具合──そういう小さなサインにも耳を傾けます。もちろん、ハードなトレーニングをしていれば疲れるのは当然です。でも、ただの「良い疲れ」と「無理をしすぎている疲れ」は違う。その違いを感じ取るためには、日々の自分をよく観察することが大切です。長く走っていると、身体が発する小さな変化に気づけるようになります。「今日は重いけれど走れる」とか「これは少し危ない疲労だな」とか。その区別が自然にできるようになってくるんです。
ーー 数値的な管理より、感覚を優先するタイプですか?
ザック はい。もちろん時計やデータも使いますが、そればかりに頼らないようにしています。身体から得られるフィードバックは、注意深く観察し読み取れば非常に役立つものです。私は常に感覚でレースを走っています。だからこそ、データよりも自分の感覚を信じる方法を学ぶことが大切なんです。たとえば、時計が「今日は疲労レベルが高い」と言っても、自分では「いや、今日は意外と走れる」と感じることもあります。逆に、数値が良くても体が重い日もある。だから、数字を参考にしつつも“自分の感覚”を信じるようにしています。もし数字ばかりを見ていると、考える力や感じる力が鈍ってしまう。
ーー たしかに。データに縛られすぎると、本質が見えなくなることもありますね。
ザック そう思います。走ることって、本来もっとシンプルで自由なものです。時計や心拍計、データは便利ですが、最も大事なのは「今、自分がどう感じているか」。その感覚を大切にしていけば、数字では測れない“強さ”が身についていくと思います。

ランニングとは“生き方”である
ーー 「なぜ走るのか」という問いに、どんな答えを持っていますか?
ザック 単純に、走るのが楽しいんです。そして、自分の努力が少しずつ成果になるプロセスが好きです。結果よりもプロセスに焦点を当てているんです。それが上手くいかないときは、別の方法を試せばいい。ランニング以外にも素晴らしいことはたくさんありますから。
ーー 走るということはどういうことですか?
ザック 僕にとってランニングはもう“趣味”ではなく“生き方”です。小さい頃からずっと続けてきて、今ではそれが自分の中心にある。おそらく一生、走ることをやめることはないと思います。走ることは、僕にとって“自然とつながるための手段”であり、“自分を理解する時間”でもあります。世界がどう変わっても、それだけは変わらないと思います。
ーー 「自然の中では偽りの余地はない」「本当の自分を感じることができる」とおっしゃっています。「本当の自分」とは?
ザック 本当の自分は、親切で、思慮深く、人の役に立ちたいと思っています。同時に、野心的で、勇敢で、強い意志を持っている。少しワイルドで自由奔放なところもあります。自分の道を進むのが好きなんです。
ーー 山の環境は自身の「精神力」にどのような影響を与えていますか?
ザック 山は私にリズムと静けさを与えてくれます。自分がいかに小さく、脆い存在かを思い出させてくれると同時に、自分の強さを描くためのキャンバスにもなります。静けさと喜びを見つけられる場所であり、それが人生の他の場面でも私の心を強く保ってくれているのだと思います。
ーー 「山は私を試す」と言いますが、もし山が私に語りかけてきたら、どんな言葉を伝えると思いますか?
ザック “楽しみなさい。でも、私たちを尊重して”。──山が話すとしたら、きっとそう言うでしょう。

自分で作って食べることはトレーニングの一部
ーー ランニング以外の時間はどのように過ごしていますか?
ザック 走っていない時間も、できるだけ自然の中で過ごすようにしています。冬はスキーやスノーボードをします。クロスカントリースキーやスキーモ(スキーマウンテニアリング)などですね。サイクリングも好きで、グラベルバイクによく乗ります。それから料理も好きです。走る前後の食事を作るのが楽しみで、自分で作って食べることはトレーニングの一部のようなものです。数年前まではコロラド州のパイクスピークで山小屋の管理人をしていました。ハイカーやランナーのサポートをして、料理を作ったり掃除をしたりしていました。2015年から2020年まで5年間続けていましたが、今はやっていません。
ーー 現在、ランニング以外で取り組んでいることは?
ザック オレゴンで、ガールフレンドと一緒に家を建てています。彼女が土地を持っていて、Aフレーム型の家を自分たちで建築中です。電気工事など一部は専門家に依頼しますが、ほとんど自分たちでやっています。僕は大学でエンジニアリングを学んでいたので、そういう作業が好きなんです。朝にトレーニングして、午後は建築作業というのが最近の生活リズムですね。自然の中で、自分の手を使って何かをつくるというのはとても充実感があります。走ることと似ていて、すべてがプロセスの連続なんです。家を建てるのも、レースに挑むのも、ひとつひとつ積み重ねていくことが大切です。
ーー ありがとうございました。

ザック・ミラー(Zach Miller)
1988年10月30日生まれ。アメリカ・ペンシルバニア州出身。幼少期をケニアで過ごし、20代前半にはクルーズ船での仕事を通じて世界各地を転戦。現在はコロラドとオレゴンの2拠点でミニマルな生活を送りながら山とともに暮らすトレイル&ウルトラランナー。大学では機械工学を学び、クロスカントリー競技を経験。2013年の「JFK 50」と2014年の「Lake Sonoma 50」の2つのレースで優勝した。2015年には、UTMBのCCC(101km)でアメリカ人男子選手として初めての優勝を遂げる。それ以来、ポルトガルの「Madeira Island Ultra Trail(MIUT)」、カリフォルニアの「THE NORTH FACE 50」(2015、2016年2連覇)で優勝し、2023年の「UTMB Mont-Blanc」(170km)では2位となるなどの活躍を続けている。The North Faceの製品開発にも深く関わり、機能や耐久性に対して独自の哲学を持っている。
![]()
■THE NORTH FACEの記事一覧はこちら▼
| ■THE NORTH FACE RUN | ||||||
| https://www.goldwin.co.jp/tnf/run/ | ||||||














