
ベアフットシューズというと「できるだけ薄く、裸足に近い」ことが理想と思われてきました。しかし、Notace(ノタース)の「Yama T1(ヤマ T1)」は、その常識を覆しました。重要なのは”薄さ”ではなく”柔軟性”。人間の足が本来持つ関節や腱の働きを引き出すために、厚みと柔軟性を最適化した構造で、自然な動きを取り戻すことができると言います。ベアフットシューズの新しい解釈がここにありました。そこで、今回は「Yama T1」の共同開発者である福地孝氏(株式会社ストライド代表取締役社長)にお話を伺いました。

足は全身の動きの出発点──運動連鎖という身体メカニズム
―― まず、Notaceの「Yama T1」を理解する上で重要な「運動連鎖」という考え方について教えてください。
福地 人間の足は片足で26個の骨、33個の関節、100本以上の筋肉、腱、靭帯で構成されています。これらが連携して、衝撃を吸収し、安定を生み、推進力を生み出す。つまり足は小さな生体エンジンなんです。そして、この足の動きは全身へと波及していきます。それが「上行性運動連鎖」です。
―― 具体的にはどういうことでしょうか?
福地 足は全身の動きの出発点です。着地の瞬間に足首が内側に倒れる(=回内)と、すねの骨が内旋し、膝が内側へ入り、太ももの骨(大腿骨)が前に引き出されて、股関節が屈曲し、骨盤が前傾する。これはまるでドミノが倒れていくように、ひとつの動きが次の関節を誘発します。この連鎖が正しくつながれば、衝撃は全身で分散され、推進力に変わります。しかし、シューズのドロップ(つま先とかかとの高低差)が大きすぎたり、ソールが硬すぎたりすると、その連鎖が途中で止まり、膝や腰に負担が集中してしまいます。

―― つまり、足の自由な動きが全身のパフォーマンスに影響すると。
福地 そうです。膝の痛みを訴える多くの人は、足部の正しい変形が発生しにくい場合があります。母趾球から踵までを面で接地できると、股関節が自然に使え、膝への負担は一気に減ります。簡単に言えば、「足が整えば全身が整う」。これが運動連鎖の基本です。
―― ランニングでは具体的にどのような動きが求められますか?
福地 ランニング中は足趾、足関節の背屈などなど常に動いています。それに追随するシューズには、すべての方向に屈曲できる柔軟性が必要です。トレイルを歩いていると、足が自然に動く感覚があると思いますが、それは不整地では足裏が瞬時に反応し、地形に合わせて筋肉や関節が連動するからです。舗装路では出ない反射が自然に出てくる。だから、トレイルを歩くこと自体が身体の再教育になるんです。
「薄さ」ではなく「柔軟性」──ベアフットシューズの本質を再定義
―― 一般的に「ベアフットシューズ」と聞くと、裸足のように薄いシューズというイメージが強いですよね。
福地 そうですね。ここ数年、ランナーの間では「ナチュラルランニング」や「ミニマルシューズ」が再び注目を集めています。厚底のシューズでは得られない地面とのつながりを求める動きです。ただし、Notaceは「薄さ」を目的にはしていません。地面を感じることも重要ですが、ベアフットシューズの本質は「関節が正しく動くこと」にあるんです。いくらソールが薄くても、硬ければ足は屈曲せず、関節は動きません。だから「Yama T1」では、単に裸足のような感覚を再現するのではなく、足本来の動きを取り戻せるよう設計しています。
―― 先ほどの運動連鎖の話でいうと、関節が動くことが重要だということですね。
福地 まさにその通りです。シューズの構造を保つための分厚いラバーのソールをシューズのボトム部分の全面に配置なければいけません。そうすると、むしろシューズそのものの柔軟性が損なわれてしまいます。そこでNotaceでは、ベアフットシューズでは省略されてしまうミッドソールをあえて採用しています。「Yama T1」は正しい反射を出せる柔軟性を与えて、動きを引き出すシューズなんです。

―― ミッドソールの素材にも特徴があるのですか?
福地 素材はまだ珍しい次世代ETPU(熱可塑性ポリウレタン)を使っています。これは非常に軽くて反発力が高く、復元性と柔軟性に優れた素材です。一般的なEVAフォームは軽量ですが、経年で硬化しやすく、温度変化にも弱い。一方、ETPUは粒状のTPUを超臨界発泡させて作られており、弾性と耐久性を両立しています。特にこの素材は低温環境でも硬くなりにくく、その優れた柔軟性を長期間にわたり持続します。
―― 15.5mmというスタックハイトはどのように決定したのですか?
福地 「Yama T1」では、この特性を生かして、薄さではなく柔らかさで足裏感覚を出すことを目指しています。また、ミッドソールには上部と下部にスリットを設けて、足の屈曲を自然に誘発する構造にしています。その結果、15.5mmというスタックハイトが最もバランスが取れているという結論に達しました。
―― 「Yama T1」はゼロドロップ構造ですね。これも運動連鎖を意識した設計ですか?
福地 ゼロドロップは流行ではなく、正しい重心移動を促すための設計です。かかととつま先の高低差をなくすことで、着地から蹴り出しまで重心がまっすぐ移動します。ドロップがあると、かかとが先に落ち、前方への動きが遅れます。ただし、単にゼロにすればいいわけではなく、前足部の関節の位置(ウィンドラスの位置)と一致していなければ、母趾の背屈(反り上がり)が出ません。


―― 屈曲ポイントの位置が重要なんですね。
福地 「Yama T1」では、ウィンドラス機構(足の指を反らすことで、足底腱膜が巻き上げられ、足全体を硬い構造に変える仕組み)が働くポイントに屈曲軸を合わせています。
―― 実際に履いてみると、前に転がる感覚ではなく、真下に落ちる感覚があります。
福地 それが理想です。まっすぐ立つと、足裏全体が使えるような感覚があり、骨盤や背骨の位置まで整う。ゼロドロップは、その構造が身体アライメントを整える準備を手助けしてくれます。
柔軟性が生む安定と推進力──「柔らかい=不安定」という誤解を解く
―― ここまで、柔軟性の重要性について伺ってきましたが、柔らかいソールは不安定な印象があります。
福地 それは誤解ですね。ランニング時にとても重要な「腱反射」は足部が安定しないと、発生しにくいので、この「動作の中での安定性」がとても重要な要素であると言えます。「Yama T1」はその安定性を出すための「制御された足部の変形」を邪魔することが無いように設計されています。「足部の安定性」を「解剖学」や「運動学」の視点で定義した場合、「制御された足部の変形」ができることで、安定性が保たれると考えます。

―― なるほど、柔軟性が安定性を生むんですね。
福地 硬いソールではこの「足部の変形」が発生しにくい構造になっているので、足部が元々持っている安定するための機構が使いにくいのですが。「Yama T1」はその柔軟性で、足部の機能としての安定性を高めて、「反射」という機能を発生しやすくしています。
―― ソールの厚みには他にもメリットがありますか?
福地 はい。人間の体は痛みを予測した瞬間に防御反応を起こします。路面が硬く、足裏が痛いと感じると体は無意識に重心を下げて安定を優先します。その結果、走りが膝主導の動きになり、股関節のバネを使えなくなるんです。本来、推進力を生むのは股関節主導の動き。けれど痛みを避けるために膝主導になってしまうと、バランスを崩しやすく、パフォーマンスも落ちてしまいます。薄すぎるソールのシューズでランニングを続けるとこのような走り方になってしまう方が一定数いらっしゃいます。
―― つまり、痛みを避けようとして動かなくなるということですね。
福地 そうです。痛みを恐れることで、重心を下げるような腰が曲がったような姿勢になってしまい、かえって動作がぎこちなくなる。だから、ソールが薄ければ良いとは限らない。むしろ、安心して踏み込める柔らかさがあってこそ、体をダイナミックに使えるようになると思います。昔の人が裸足に近い履き物でも長時間歩いたり走ったり出来たというのは、そもそもアスファルトの上を走っていたわけでもないし、技術的な限界もあって、分厚くすると重くなってしまったり、歩きにくくなるから、あの薄さだったのだと思います。現代のアスファルトで同じことをしたら、防御反応を起こす人が多いです。だから、いきなり裸足ではなく、体を整えるためのクッションがあるシューズが必要なんです。
シューズが足を「教育」する──失われた感覚を取り戻す
―― 「Yama T1」のつま先部分は他のベアフットシューズと比べてもかなり幅広ですよね?
福地 静止している時の足ではなく、動いている時の動的な足型を基準にしています。トゥボックスは、足指が自然に広がるよう設計されています。また、小指の付け根付近は屈曲時に当たりやすい部分ですが、「Yama T1」はそこをストレスなく動かせるよう設計しています。足が自然に広がる空間を確保することが、全身の動きの出発点なんです。
―― 実際に履いてみるとかなりゆとりがありますね。
福地 ゆとりを感じる方ほど、もしかしたら足の指がしっかり開いていないのかもしれません。親指の理想的な位置は、踵の中心から母趾球の中心、そして親指の中心を結んだ線が一直線になることです。外反母趾ガイドラインでは、母趾の外反角度(内側に入っている角度)が15°が正常値の上限と定義されています。それ以上の角度になると、軽度の外反母趾と言われて、機能的にも問題が生じる可能性が高まります。まずは足指を正しい位置に戻すことが、正しい動きの第一歩なんです。
―― アッパーにゆとりがあってサポートも少ないとなると、トレイルではシューズの中で足が動いてしまいそうなのですが……。
福地 みなさんその辺を誤解していらっしゃると思います。ベアフットシューズは足の機能を発揮させるためのものです。ですから自分の足で路面をキャッチできればシューズの中で足がズレることもなくなるわけです。そのために足の動きに合わせてソールも路面をキャッチできるように作られています。そうなればシューレースをキツく締めたりアッパーを過度に補強したりする必要はなくなるのです。

―― なるほど。それが本当のベアフットシューズということですね。
福地 アウトソールのラグは3mmで、尖りを最小限にしつつ、面で路面を捉える構造になっています。ラグの側面もあえて逆方向に尖らせていて、接地時に足で路面を掴んだときにグリップするようになっているんです。
―― 聞けば聞くほど深いですね! 最後に、「Yama T1」を通じてNotaceが目指すものを教えてください。
福地 シューズが動きを作るのではなく、思い出させるものだと思っています。「Yama T1」は、失われた感覚を取り戻し、足を教育するシューズなんです。トレイルでも日常でもいい。地面を感じながら歩けば、体は自然に正しい動きを思い出します。それがNotaceが目指す「動きを引き出すデザイン」です。
―― 勉強になりました。ありがとうございます。

Yama T1
(ヤマ ティーワン)
・価格:25,300円(税込)
・サイズ:メンズ 25.6~30.7cm、ウィメンズ 22.9~25.8cm
・カラー:IVORY, TRIPLE BLACK, BLACK/WHITE
・重量:215g(メンズUS9)
・スタックハイト:15.5mm
・ドロップ:0mm

福地 孝(ふくち・たかし)
株式会社ストライド代表取締役社長。Diaz Human Performance Certified Coach。スポーツ医学、ランニングエコノミー、エンデュランススポーツ、バイオメカニクスに基づくシューズ設計を専門としNotaceのシューズ開発にも携わる。
■Notace:https://notace.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/notace_footwear_jp/
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