トレイルの王にして、ロードの王。
ウルトラマラソン界の伝説とうたわれたスコット・ジュレク(USA)が来日。
トレイルランナー.JPでは、単独取材に成功。
著書『EAT & RUN』(NHK出版 2013年)で彼の内面が表現されていますが、
今回は、さらにその内側に4回連載でアプローチします。
ランナー以外のクレイジーな人種とも接したい
「春風のような人」スコット・ジュレクの著書『EAT & RUN』(NHK出版)に寄せたトレイルランナー鏑木毅は、スコットをそう表現していた。
彼に実際に会って話を聞いていると、その温厚で誠実な性格は十分過ぎるほど感じることができる。なんて素敵な人なんだ! と気がつくとこっちまでステキな人間になった気にさえさせてくれる。
だけども、20年近く勝負の世界に身を置いてきたスコットが、その純粋過ぎる優しさだけで数々の挑戦と栄光(前人未到のウエスタンステイツ7連覇、スパルタスロン3連覇、24時間走全米記録保持者など)を勝ち得てきたとは思えなかった。だから聞きたかった
「スコットには二面性があるんじゃないですか?」
普段のスコットの人間性は「勝つことよりも大切な事がある」という表現のように澱みのない優等生の一面がまず見えてくる。その一方で、勝利への渇望を強烈に主張しているシーンも著書の中には描かれている。これって矛盾? 揺れているの?
「確かに、あっち行ったりこっち行ったりしているかもね。どっちが正しいとか、どっちが自分らしさなのかとか、定まっていないのかもしれない。そういう意味では揺れているよ(笑)。最後はどこに行き着くんだろうね。この先の人生を賭けて探していくのかもしれないね」
究極にまで追い込んで手にした勝利の美酒と、自身のフィニッシュ後に(彼はほとんどトップでフィニッシュするのだが)最後のランナーが帰ってくるまでシュラフの中で待つ美学。この2つは、彼の中で違和感なく同居しているのだろう。
勝ちたいのか、勝ちたくないのか、揺れ動いているようにも見える根底には、「皆が勝者なんだ!」という彼なりの哲学が凝縮されているように思えた。
「僕は限界にチャレンジして欲しいんだ。日本の皆さんは辛抱強く、諦めない国民性があると思うんだけど、アメリカはそうではない(笑)。エイドで座り込んじゃって『俺はもういいんだ』とか言ってすぐに諦める人が多いんだよね。(いやいや、日本人だって多いよと言いたい気持ちを押さえて、話を続けてもらった)それは5kmでも10kmでもいい。自分の限界を決めずに、『もっと自分はできる』とチャレンジして欲しい…自分の殻を破って欲しいんだ。僕は常にチャレンジしてきた。自分の殻を破ろうと、限界を引き上げようってね」
自分の殻を破るためには、挑戦する気持ちと自分を引き上げてくれる人物の存在が大切だとスコットは付け加えた。トップアスリートの世界はシビアで生々しい。決して”優等生”なだけでは太刀打ちできないことがあるはず。
例えば、レースのスタート時、大きな雄叫びを挙げて、他の選手を威嚇するシーン。型破りなダスティ・オルソンやヒッピー・ダンに惹かれていったこと。ウエスタン・ステイツを制した2週間後にバッドウォーターを走り抜くこと…、「春風のような人」だけで到底説明付かないスコットの”裏の顔”をどうしても知りたくなった。
じゃあさ、スコットにとってその存在(自分を引き上げてくれる人物の存在)がダスティ(※1)だったりしたの?
「本当にクレイジーな人たちだったよ(笑)。僕とは真逆な人だったからね。でも、真逆だったから惹かれたのかもしれないね。そういうことってあるじゃない。100マイルを走り抜くには、違った自分と言うか、新たな自分を見出したり、普段の自分とは違う要素で向き合わないと走り切れない場面がある。いつもの冷静な自分(優等生な一面)と、クレイジーな面と両面が必要だと思うんだ」
決して裕福な家庭ではなかったスコット。軍隊上がりの父親から理不尽な躾けを執拗に受けて育ち(父親の口癖「とにかくやるんだ!」原文:Sometimes you just do things)、学校ではいじめられっ子だったスコットにとって、結果論かもしれないが、型破りなダスティやヒッピー・ダンと接することで、彼の中に眠っていた”アウトロー”な部分が引き出されていったのは確かなよう。
家庭や学校というスモールコミュニティから抜け出したいと深層心理で願い、極端にクレイジーな出会いに導かれて覚醒していったのかもしれないね、と尋ねると、微笑みを浮かべて小さく頷いた。
100マイルを走り抜くために必要な二面性は、スコットが言うととても説得力がある。その両方を手にしたのならあなたは最強だよね?
「いや、まだまださ(笑)。今は、絵画だったり、音楽だったり、ランニング以外の分野でクレイジーな人たちと接したいと思っているんだ。また違った影響を受け取れそうだしね。もっと自分を知りたい、自分の限界を知りたいと思うし、かつてダスティやヒッピー・ダン(※2)が引き上げてくれたように、今の自分をもっと進化させる出会いをしていきたいね」
※1 ダスティ・オルソン:『EAT & RUN』の登場人物の一人。自分以外の人間なら全てに毒付く荒くれ野郎として描かれている。若きスコットをクロスカントリースキーやトレイルランニングに誘い出しては、スコットの苗字「Jurek」と「Jerk(間抜け)」をかけて「Jurker(ジャーカー)」となじり倒す名ペーサーでもある。「痛みは耳から追い出せ」「テクニックなんてクソ喰らえ」など、名言は数知れない隠れベジタリアン。
※2 ヒッピー・ダン:同じく『EAT & RUN』の登場人物の一人で、車や電話も冷蔵庫も持たず、電気のない生活(一年間で小さなゴミ缶1つ分のゴミしか出さない生活)を送る変わり者ランナー。若きスコットに、
「シンプルに、そして地面とつながることで、幸せになれるし、自由になれる。おまけに、速く走れるようになる」(スコット・ジュレク , スティーヴ・フリードマン 『EAT & RUN』(NHK出版、2013年)
と、教えた。ダスティも一目置いていた人物。
文/山田洋 |
取材協力/BROOKS http://brooksrunning.co.jp |
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