薄底、そしてカウンターとして厚底の登場、
最後は適度な厚みに落ち着くと思う
ランナーの最大の関心事として必ず上位に入ってくるギアと言えば、シューズ。スコット・ジュレクは、アメリカではランニング専門店シェアNO.1の人気ブランド「BROOKS(ブルックス)」で2004年からトレイルランニング用シューズの開発に携わっている。
有名ランナーがメーカーにスポンサードしてもらう際、物品の提供やレースの遠征費を負担してもらうように、あくまでレースで勝つことを前提とした「アスリート契約」と呼ばれるものが一般的らしい。また、"○○モデル”みたいに名前だけ貸すパターンや、色やデザインだけ携わるようなものが実際的には比較的多いと言うが、スコットの場合は、違った。
「2004年、BROOKSから手伝って欲しいのオファーを受けたとき、トレイルランニング用のモデルはごく僅かしかなくて、みな、ソールが分厚く、ヒールが凄く高い”ごっつい”ものだった。だから、まず『ドロップを下げよう!』って提案したんだ(ドロップとは踵部とつま先の母指球あたりの高低差のこと)。今じゃ当たり前だけど、当時はみんな驚いていたね。『え? そんなことして大丈夫なの?』って(笑)。僕はR&Dラボに入り浸ることもあるし、ターゲット層のアドバイスやマーケティング的観点からも携わっているよ」
シューズ開発に携わるに当たり、特に強いこだわりがあるのは3つ。
1つ目は、
ドロップを出来るだけ小さくすること
2つ目は、
安定性やバランス
3つ目は、
アウトソール(靴底)の形状
――ドロップのこだわりって?
「それこそ『BORN TO RUN』(NHK出版)が発売されて薄底シューズがブームになったでしょ。でも、少なくともアメリカのランナーにとっては薄過ぎて対応が難しい側面も生まれてきて、そのカウンターとしてHOKA ONEONEに代表されるように厚底シューズがトレンドになってきている。振り子みたいにマーケットが大きく揺れ動いているのが今かな。薄底から厚底へって、ちょっと極端な動きだと思う。
――今の薄底と厚底のシューズには、共通点があったりするの?
「イエス!それはどちらもドロップが小さいってこと」ようは、底が薄いか厚いかだけの違いで、ドロップは大きく変わらないのが今のシューズの大きな特徴だという。「さっきも言った通り、2004 年から『ドロップを下げよう!』と取り組んできているから、僕らは時代を先取りしていたのかもね(笑)。きっとね、ちょうど良い厚さに落ち着いていくと思う。僕が開発に携わっているナチュラルランニング用トレイルシューズ『PURE GRIT 3(ピュアグリット3)』みたいにね(笑)」
――安定性、バランスへのこだわりを具体的に言うと?
「それは、ドロップとも関係するんだけど、トレイルは路面が不安定だから、そもそもドロップが大きいと安定性に難があるし、登りではヒールをあまり使わず、下りではフラットに着地することが多い。ドロップを小さくし、厚底過ぎないバランスを保って、安定性を重視した方がランナーにとってはいいと考えている」
彼を世界に知らしめた名著『BORN TO RUN』(NHK出版)の中で描かれているように、メキシコ奥地の現住民族ララムリのエース、アルヌルフォ・キマーレらと一緒に走っている。
――その経験が活かされていることはあるの?
「もちろんある。あのワラーチと呼ばれるサンダルのシンプルさというか、ミニマリズム的な思想も凄く勉強になった」
――ワラーチが与えた具体的な影響は?
「彼らの事を裸足の民族みたいに思っている人がいるかもしれないけれど、実際に見て触ってみると、あのワラーチはソールが厚くて、堅いんだ。そして、幅がかなりワイド(広い)で、勿論ドロップはゼロ。彼らと出会ってからラスト(木型)の横幅を広めにしてきたし、ドロップの考え方を再確認出来た。お陰で安定性はぐっと良くなったよ」
――不安定なトレイルを走るために必要なアウトソール(靴底)へのこだわりって何?
「グリップ力や硬さかな。自然を相手にしているわけだから、いつも抜群の路面コンディションとは限らないのがトレイルランニング(そこが面白いところの1つなんだけど)。だから、アウトソールの突起の深さや形状、そして配置にはすごく気を使う」
――具体的には?
「例えば、ぐっと踏み込んだときにしっかりと大地を掴む必要があるし、軽快に駆け下りるときは、邪魔になってもいけない。着地の仕方、足のさばき方、多様なサーフェイスも頭に入れて、硬過ぎず、柔らか過ぎずね。今の『CASCADIA 9』のモデルのアウトソールは凄くいいよ! ここは、日進月歩なテクノロジーの力を必要としている分野と言えるね」
スコットのように経験豊富な人からフィードバックを得られるのは重宝がられていることだろう。話を聞いていると、まるでコンサルタントみたいに思えた。
「その通りかも(笑)。実際の契約はアスリート契約ではないし、アドバイザーというのもちょっと違って、コンサルタントに近いかも。シューズ開発はテクノロジーの進歩と常に密接な関係があって、10年前に比べたら、それは目覚ましいものだよ。理想型に近づいているかって? 昔に比べたら凄く良くなってきているけど、マーケットトレンドは常に変化していくし、理想のシューズはまだまだ先かな(笑)」
ブルックスのトレイルランニング用シューズは、「CASCADIA」と「PURE GRIT」の2つのモデルがあり、「CASCADIA」はマイナーチェンジを続けながら、完成度を高めていくというシリーズ。一方、「PURE GRIT」は、毎回、大胆なモデルチェンジを繰り返す意欲的なシリーズだと説明してくれた。そして、いずれのシリーズもスコットがこだわる3つが色濃く反映されているというわけだ。
BROOKSの日本代理店によると、アメリカ本国において、BROOKS=スコット・ジュレク、スコット・ジュレク=BROOKSと言われるほど、“象徴”のような存在だと言う。
スコットは、バイオテクノロジーや解剖学などの観点、そして自身の理学療法士としての視点などを積極的に取り入れている。おそらく、元来の勉強家で熱心な性格が、真摯な姿勢となってモノ作りへと向かわせているのだろう。
伝説的なランナーの名を欲しいままにしているスコット・ジュレクは、探究心旺盛な開発者としての才も放っていた。全く希有な人だ。
>>>BROOKS CASCADIA 9 体感レポート |
>>>BROOKS PURE GRIT 3 体感レポート |
文/山田洋 |
取材協力/BROOKS http://brooksrunning.co.jp |
スコット・ジュレク interview | |
>>episode 1 | 殻を破れ! ~Break Out Of Your Shell |
>>episode 2 | ZONEの正体~Identity of the zone |
>>episode 4 | 今と未来〜future plan |